フリッカーは英語である点を除けば,非常に使いやすく,ユーザーの楽しみを満足させるサービスになっていると思う。わたしも,ほかの人の写真を,存分に楽しんでいる。
quote:カナダのルディコープ・リサーチ&ディベロップメント社が提供するサイト,フリッカーは,写真のオンライン投稿ができるほか,写真を簡単に共有するための多くの機能を備えており,フリッカーのメンバーは誰でも,ほかのメンバーの撮った写真を利用できる。また,写真にコメントを付けられるところから,ソーシャル・ネットワーキング的な要素も生まれやすい。写真にはタグ(キーワード)を付けることもできる。タグが検索されることで,古い写真でもほかの人にみてもらうことができる。
「フリッカーの写真に,その人は写っていた。女性,まだ20代の女性だ。昔,会ったことがある人なんだけど,誰だかはわからない。どこで会ったのか,いつ会ったのか,確か話をしたこともある気がするんだけど,どんな話をしたのかもわからない。その写真をアップロードしたユーザーのハンドルや顔写真をみても,誰だかわからない。たぶん,知らない人だろう。コメントを付けたり,フリッカーのユーザー同士ならコンタクトを取れるので,メールを送ってみてもいいんだけど,そもそも誰だか思い出せないのではそんなこともできない。気になって,鬱々と気持ちでいた日暮れ時,枯れ葉の落ちきった樹の下で,遠くに小学校がみえたときに思い出した。ああ,小学4年生のときに好きだった,ボクの初恋の人だ」。
「わたしが家から出なくなって,数ヶ月が経った。引きこもりと云われて否定する気もなく,必要な情報はすべてネットワーク上から得ているし,買い物も友人などと会うのも自分の作ったものをほかの人にみてもらうのも,すべてネットワーク上ですんでいる。そして,風景をみることも。フリッカーの最近の写真のページには,アップロードされた写真がリロードするたびに次々表れる。行ったこともないところの風景,どこだかもわからない街並み,たぶんリアルで会うことなんて一生ないような人々。ひとつの写真をみているだけで,何十分も空想を広げられる。リアルの自分の世界は狭いけど,ワイヤードの自分の世界は広い。もっと多くの風景が,わたしを待っている」。(余談。Flickr: Photos from itoya)
|